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さてとて。それはそれは大切な奥方のお誕生日を前にして、今年は例年と違う“貫徹モード”で行くぞなんて、大威張りで言ってた旦那様。毎年毎年 色んなお楽しみを考えてもらうお誕生日は、旅行に出たり外食になったり、お出掛けしちゃうパターンが多いからと。手がつけられなくなる“当日の家事”を前日に2日分、お片付けしている節がある奥様だってことへもちゃんと気づいてた旦那様は、今年はそこまでフォローしちゃろうと頑張る所存でおいでであるらしい。
「…うに?」
目覚ましが鳴らなかったのはゾロがお休みだったからだとして。すっかりと明るくなってた寝室にて、お腹に何をか訴えかけるような、それはそれはいい匂いで起こされたルフィが、
「あっ!」
ハッとして跳ね起きた…ちょっぴりあたふたしちゃったその反射は、奥様業により植えつけられたものに違いなく。しまった寝過ごした。ゾロ、お腹空いたのかな。俺んこと起こさないで、自分で何か作ってるんだ、いけないいけない。罪悪感というよりも、一種のプライドのようなもの。お家のことは俺が担当なんだのに、ちゃんと出来てないでどうするか。そんな風に思ったらしき、健気と言うよりは“負けず嫌い”な奥方が(笑)、ばたばたばた…っと飛び込んだダイニングでは、
「よぉ、おはよう。」
パジャマ代わりのトレーナー姿のまんまにて、腕まくりしたご亭主がテーブルの上へ、朝ごはんの数々を並べていたところ。
「わあ…。」
メニューは所謂“定番”というやつで。ふっくらといい色に焼かれた塩鮭に、菜の花色の玉子焼き。ホウレン草のおひたしはルフィの分だけ甘いゴマ和えで、サイドメニューにはジャガ芋と新タマネギのおみそ汁。それからご飯にも工夫があって、タケノコとあぶらあげの薄味炊き込みご飯に、香の物はピンクの日乃菜のお漬物。
「昨夜の肉ジャガも食べような?」
「あ、うん。」
うわ〜凄い凄いときれいに並べられたおかずの数々を感動の面持ちで眺めていたルフィ奥様だったのだけれど。そのお顔がすすっと上を向き、
「…で? どうしてエプロン、使わなかったのかなぁ?」
「あはははは〜〜〜;」
どうやら“朝ごはんくらい…”と少々甘く見ておりました、な旦那様だったらしく。手順の途中途中での手洗いやら何やで勢いよく飛び跳ねさせたらしき水で、トレーナーのお腹回りを色が変わるほど濡らしまくっており、
「床は今さっき拭いといた。」
あああ、そっちもかと。少々お顔が引きつりかかったルフィだったが、
“でもさ…。”
自分が此処へと同居を始めたばかりの頃なんて。お肉を焼けばフライパンにくっつけるわ、ニンジンやじゃがいもの皮剥きごときで、ブツを握ってた手の爪まで削ってしまいそうになるわ。コンロにかけてた片手ナベの取っ手の位置をうっかり忘れて突き飛ばし、おみおつけを派手に引っ繰り返すわ。数え上げればキリがないほど、色々危ないおドジをやり尽くしたことを思えば、
“それほど…大したことでもないかな?”
ずっと自炊していたからと、当時はゾロの方が器用で何でも作ってくれたっけね。
「…あ、この玉子焼きの味、懐かし〜vv」
塩味のは久し振りだようと笑って見せれば、テーブルの向かい側から得意げ半分、嬉しそうににっこし笑い返してくれるお顔もまたまた美味しくて。まずはの朝ごはんの段は無事にクリアと運んだようでございます。
朝食に使った食器は…暮れのボーナスで買った食洗機に任せて。さぁさお次は、昨日のうちに奥方がリクエストしていたお出掛け、買い溜めのためのお買い物へと出掛けることとなりまして。目指した先は、今時流行の郊外型大型店舗、シネコンやアミューズメントプラザと隣接している、そりゃあ大きなスーパーマーケット。付属の立体駐車場は密閉型じゃあなかったが、それでもあまり空気がよくないところだろうと思われたので。奥方思いの若いご亭主、混み合っててなかなか入れない間、じりじりとそんな空気の悪いトコに居させるのは忍びないと。先に店の前で待ってろなと、順路の途中で先にルフィを降ろしての別行動。さすがは連休で、こういうショッピングモールも“娯楽の場”扱いになるのか、買い物客は結構な数らしく。それでも何とか車を停めて、待ち合わせたスーパーの入り口前まで軽快なフットワークの駆け足で戻ってみれば、
“…ん?”
大きな建物を支えるかのようなデザインの、幅広な柱の側面へと凭れて立ってたルフィに向かって、見知らぬ男が二人ほど、何事か話しかけている様子が見えた。そんなにも若いという風体ではなかったが、今日は連休中だったから。学生でない年齢層が昼日中にこういうところにいても不審はない。ただ、
“…人んチの若妻に気安く声かけてんじゃねぇよ。”
率直にムカッと来た旦那様。何者だお前らくらいは言ってやろうとしたらしかったが、そんな彼が近づくより先、どうもと一礼して去ってった彼らだったりし。そんな彼らが退いたため、ルフィの方がいち早く気がついてくれてたり。
「早かったね、まだ空いてる方だったんだ。」
「あ、ああ。」
ちょっぴり肩透かしな感のあった擦れ違い。おじさんたちが去って行った方を見やったゾロだと気がついて、
「ああ。あの人たちはね。警察の補導係の人たちだよ?」
ゴールデンウィーク中の特別警戒パトロール中なんだってと、こっちは声を低めての付け足しをする。それを聞いたゾロがまずはと怪訝に思ったのが、
「まだ明るいうちなのにか?」
そいや東京都では、中学生や高校生が夜中に出歩くのは条例で禁じられちゃったそうですね。已にやまれぬ事情があるか、保護者が同伴していないと“ちょっと来なさい”と補導され、保護者への通達と運ぶとか。飲食店や娯楽施設の利用も当然のこと厳禁となり、そちらはお店が罰せられるそうで。でもなあ、まだ午前中なのになあと小首を傾げて見せれば、
「そうじゃなくって。覚えのない人から声をかけられても、簡単についてっちゃいけませんよって。」
「………はい?」
肩を揺らして“くすすvv”と楽しそうに笑ったルフィの言ったこと。ゾロには本気で意味が判らず、不安になるほど困惑しかかる。すると、
「だから。アンケートとかスタッフ募集してるブティックのスカウトですとか、そうやって声をかけて来て、無理から高額商品の契約させちゃうような悪い人が、最近はこの辺でも出没してるんだって。」
「…おやまあ。」
もっと都心の方の話じゃねぇの? うん、俺もそう思った。でも、そやって油断してると危ないんだってと付け足してから、
「お嬢ちゃんみたいな目立つ子が、それも独りでいると、特に狙われやすいから。重々気をつけてね、だってさ。」
「………お。」
おっかしいよねって、くすくす笑ったルフィだけれど。そいや…いつぞやなんて、大学生からナンパされかかってましたしねぇ。
“確かに…可愛いからなぁ。”
ルフィは従兄弟で、確かに年齢差はあるものの、それはせいぜい4つ5つ。だが、こうやって並ぶと、まずは…年の近い叔父と甥かと思われる。剣道で鍛えた、厚みのある立派なガタイのせいもあって、こちらは一端の社会人という年齢相応に把握されるのに対して。まとまりの悪い黒髪をそのままに下ろした、さして整えもしない頭に、大きなドングリ目の童顔。肩も胸板も腰も薄く、腕も脚も細っこい、今時の高校生、いやさ、中学生くらいにしか見えないルフィは、今日のように愛らしいパステルカラーのジャケットなんか羽織ってたりすると、自然とああいった少年補導関係の方々からのお声も掛かりやすいのだそうで。雄々しいご亭主の傍らに立つとますますのこと幼く見えて、連れ合いといるのではないように映るせいでか。大学生辺りらしき若い衆たちからの秋波が、けしからんほど集まってしまうほど。可愛らしいのは持ち前の素養だからともかくも、幼く見えてしまうのは別な事情もあってのこと。本来の年齢とのギャップや、その事情が彼へともたらした蓄積とが、彼をして…単にちんまりと可愛いのみならず、微妙な奥行きも持ち合わせた存在にしちゃっているというのなら、これはもう仕方がないよねって。いちいち溜息つくよりも、あの人も引っ掛かったねなんて笑えるようになったルフィを後押しして、こっちもこだわらないことにしているゾロだったから。
「そういや、ゾロ、ちょっと怖い顔してなかった?」
少しだけ背伸びして、耳打ちして来たルフィだったのへ。そうと訊かれても…だからこその率直さで、
「…ナンパされてんのかと思った。」
「ありゃりゃ。///////」
臆面もなく、惚気半分な言いようを口に出来ちゃうところが、小さな奥方を パァッと照れさせて。エントランスに飾られしは、柔らかな若葉の梢にふわり柔らかく宿った、淡色の花の穂が幾つも。あれがライラックだよと教えてくれた、小さな恋人に手を引かれ、本日のメインイベントへようやっと取り掛かったお二人でございましたvv
おまけ 
家事を馬鹿にする者は家事に泣く…なんて格言はありませんが、大したことじゃあないなんて思っていたらば大間違い。手を抜けば後々…年末だとかに大変だけれど、だからと言って毎日全力で気張ってあたっても疲れるばっかと、これで結構奥が深くって。とりあえずはお目当てだった、ミネラルウォーター2箱とお米10キロ2袋、お値打ち国産牛ブロック肉とをゲットしてから、
『今夜は何を作ろっか?』
『そうだな。』
大荷物を余裕で抱えたご亭主と並んで、こちらはお菓子がぱんぱんに詰まったトートバッグを楽しそうに抱えた奥方が問えば。昨夜はアジのムニエルと肉ジャガ、トマトとキュウリのサラダに、アサリの潮汁だったから…と並べつつ、
『明日のグリルとダブっても何だし、エビフライとオムライスってのはどうだ?』
ポテトサラダなら、何とか俺でも作れそうだしななんて続いたので、
『え? あ…あ、そかそか。』
本人が食べたいというリクエストにしては、お酒の肴風じゃなかったのが意外だな〜と、一瞬 呆けかかったルフィだったものの。
“そか。晩ごはんも作ってくれる気、満々なんだ。////////”
よって、今並べたのはご亭主が得意技だったメニューであり。はやや〜と。そこまで徹底してやってくれるんだねぇと、あらためて感動してたりして。
『ゾロのオムライスなんて、本当に久し振りだよねぇ。』
実家にいた頃はさ、餅一つ焼いたことだってなかったのにね。覚えてる? おばちゃんから“おやつに食べててね”って切り餅渡されて。火鉢に乗っけて焼くといいよって言われてさ、そしたらゾロってば火鉢の縁に乗っけたろ? いつまで経っても焼けなくて、結局は くいな姉ちゃんにオーブントースターで焼いてもらってサ。うっせぇな、そんなことだけ覚えてんじゃねぇよ。//////// 懐かしいお話まで飛び出して………さて。
「ん〜っと、明日は木曜日だから。」
ここのはすごく美味しいからと、モールにお店が出ていたテイクアウトのタコ焼きとアメリカンドッグとで済ませたお昼ご飯の後。燃えるゴミは今日だったけど、第一週目の木曜は不燃ゴミを出す日だから、ベランダに出してた分別用のごみ箱を確かめることになってたのを、
「空き缶とかペットボトルは?」
「それは第2第4水曜だよ。」
使用済みの乾電池は専用の収集箱が電気屋さんの店頭にあるからそれも別。仕分け用のハンドブックを片手に、初めての仕分けに取り掛かってる旦那様を見やりつつ、こっそりとお茶なぞ淹れてる奥方だったりし。
“あのくらいは俺がやったって良いじゃんかよな。”
日頃は言われなきゃ何にもしなくなってたゾロなくせにね。あれで、一旦手をつけたことへは案外完璧主義者なのかもな。そんな風に思いつつ、ふと思いついたことがあり…そぉっと席を立ちかければ、
「…ちょっと待て。」
「なんだよ。トイレに行くだけじゃんか。」
「嘘をつけ。」
――― 腕まくりしながらトイレに行く奴は滅多におるまい
胸を張っての大威張り。今日は妙に鋭いゾロからの一言に、こちらはついつい“あわわ;”と苦笑いしてみたり。妙に迫力を帯びたまま、ベランダからのっしのしと上がって来たお兄さんへ、
「…お風呂とトイレのお掃除に行こうとしただけです。」
だって、何にもしないって暇なんだもん。PC教室も連休中は休みだし、サッカーの練習も以下同文だし、
「だから、1つくらいは俺にもやらせてよぉ。」
何だか妙なおねだりをしてみたものの、
「ダメだ。」
抗議も空しく、いい子だからそこにいなさいと。どこに持ってたやらな『アニメ主題歌大全集』と『今日のお料理』のDVD、台所の流しでつかう洗い桶くらいはありそうなカップに山盛りのポップコーンとを手渡され、リビングのソファーへと逆戻り。
【個人的な記念日なんてものは、
結局は“祝いたい”って側の人にとってのイベントなんだから。】
しょうがないからとPCでのチャットに走り、もうもう聞いてよともちかけて、愚痴を聞いてもらったナミさんから、そんな慰めのお言葉をいただいて。ルフィ奥様、渋々あきらめることとした模様でございます。
“やり慣れてないことばっかりやってるって、分かってるのかなぁ。”
肝心な明日になって、肩とか腰とか痛くなっても知らないんだからと。興に乗ってか、天井裏の収納庫の整理までおっ始めた気配を頭上に感じつつ、何だか妙な“お誕生日前夜祭”になっちゃった連休初日を過ごしてしまった奥方で。働き者の旦那様を持つと、思わぬところでフェイントを喰うものならしいです。
何はともあれ、
HAPPY BIRTHDAY! LUFFYvv
〜Fine〜 06.4.29.〜5.03.
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*おまけはちょこっと不発で、蛇足でしたかね。
やっぱりここのコーナーのゾロとルフィは
立派に“別人28号”たちみたいです。(とほほん;)(苦笑)
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